EVENT REPORT

Withコロナ禍における外食産業グローバルミーティングレポート第一話

【提言①】
コロナが教えてくれたこと。
それは“食べること”の本質的な意味と価値

新型コロナウィルスが日本に持ち運ばれまもなく1年が経とうとしていますが、猛威は再び私たちの暮らしを直撃しています。様々な業界に暗い影を落とし疲弊する中でも、とりわけ外食産業はさらなる苦境に陥ることは免れそうにありません。
 そんな中、世界で活躍する料理人や外食産業のリーダーたちは何を想い、何を感じたのか?日本よりもはるかに大規模な経済抑制を強いられる欧米諸国で活動するグローバルリーダーと、感染を最小限に封じ込め、少しずつWith コロナの生活に慣れ、共存していく可能性が見えてきたアジア諸国で活動するプレーヤーなどstand of view は様々です。
多様な環境で活動しているグローバルリーダーだからこそ見えてきた外食産業の現実と問題点を赤裸々に語っていただき、外食産業の今後のあるべき姿への「提言」をまとめました。

新型コロナに対する政府の
補償の大きな違い

日本政府の休業補償に対して「足りない」という嘆きが多く聞こえる中、諸外国はどういった状況になっているのだろうか。アメリカニューヨークやハワイで外食店を営む山田チカラ氏から意外なレポートがあった。

山田:アメリカは(従業員の)クビを切るのは簡単だが、補償は行き届いていない。従業員には失業保険+コロナ保険でお金は出ていて、多少つらいが行き届いた生活はできる。実は経営者には補償がなく、日本みたいな家賃補償とか時短営業補償が一切ない。賃貸のオーナーに「コロナで大変だから賃貸料金が払えなくても追い出さないでね」という政府からのお達しはしてくれているが何の解決にも補償にもなっていない。

山田チカラ
スペインバルセロナの「世界一番予約が取れない三ツ星レストラン」と呼ばれた「El Bulli」にて、フェラン・アドリアに師事。帰国後「旬香亭」でトップ・シェフを務める。2007年、南麻布に「山田チカラ」をオープン。ニューヨークやハワイなどにもお店を展開。JAL機内食のプロデュースなど活動は多岐に渡る。

スペインで割烹を経営する岡添氏からも同様の意見が出された。

岡添:山田さんの話とよく似ている。(スペイン)マドリードのロックダウンは2日前に告知された。急に金曜日にいわれて「あさってまではやっていいけどあさってからは(営業したら)ダメよ」と言われ閉めるしかなかった。食材も一切使えず、約100日間ぐらいストップしていたがその間の補償も一切ない。従業員への補償はあったがそんなに高額ではない。みなロックダウンは「悪夢だ」と言っていた。そして飲食店経営者への補償は一切なし。約1ヵ月分の家賃補償を家主さんがしてくれただけ。

岡添将人
銀座・神戸・高知、そして2014年10月にスペインマドリードにて割烹「IZARIYA 座屋」を運営。現地で人気割烹として名を馳せる。マドリードで開催された、海外で日本食の素晴らしさを伝える人の功績をたたえる「Taste of Japan Honorary Award」にて料理・日本人シェフ部門受賞。後に赤坂迎賓館で開かれた安部首相とスペイン国王の晩餐会に招かれた。

アメリカやスペインは経営者に対して補償がない状況であり、倒産件数は日本とは比較にならないのが実態だ。両国とも今は時短営業で再開しているものの、日本同様再びコロナが活発化しており、スペインではまたロックダウンが行われている。

岡添:マドリードは収容人数の既定の50%まで入店OK、カウンターは一切NG となっている。スペインの夕食はおおよそ20時30分開始が基本なのに、州によって若干違うが22時閉店という縛り。マドリードは24 時、バルセロナが23 時などルールが場所によって違うだけでなく変更が多く国民がついていけていない。なので国民の危機感が全然ない。コロナ前と活動はあまり変わらないと感じると思う。コロナに対して日常化している市民と飲食業に課されているルールにGAPを感じる。

テクノロジーで
封じ込めたアジア

一方で封じ込めに成功している中国や香港、シンガポールで活動するグローバルリーダーはどう見ているのだろうか?中国・香港で「味千拉麺」を展開する重光悦枝氏からレポートしてもらった。

重光悦枝
重光産業株式会社代表取締役副社長。海外で739店舗、国内で79 店舗を展開しているお馴染みの「味千拉麺」を中心に、熊本ラーメンの代名詞でもある「桂花ラーメン」、そのほか「劉拉麺」「伝統熊本豚骨 伝」「千のちゃんぽん 湖東亭」「上海小厨 千包」の計6 ブランドを展開する。

重光:3~4月はボロボロだった。ものすごく封じ込めしなければいけなく全店休業。人の制限も厳しく自分のマンションですら立ち入りできない状況だった。夏ぐらいからアプリが登場し行動管理が始まり、すべてGPS でどこにいったか、誰と会ったかなど政府が把握するようになった。新型コロナの封じ込めは「管理されながら緩和され封じ込めた」というのが正しい。
「ゼロコロナ」を本気でやっている。上海はいたるところに監視カメラがあり監視されている。新型コロナで人の管理がまた一段進んだ感じ。
ただコロナというものに対しては、中国の管理のすごさは安心安全のためにはよかったと思っている。陽性者が近づいてきたらすぐにわかるし、どこで感染者が出たか、どこのレストランで出たかが確実にわかる。だから経営者として受け入れている。

同様に、香港・シンガポールもテクノロジーを駆使して封じ込めた印象があるが、それよりも前にSARS での経験が活きているようだ。

楊さちこ
大阪生まれ、中医学博士。南京中医薬大学 東方美学研究院院長。アジアンコスメの第一人者。中国・広州の大学留学中に「真珠美容」と出会い、漢方美容の世界に目覚める。後に香港へ移住。中医(漢方)学の奥深さに惹かれて、中医師の資格を正式に取得した後も研究を続け、南京中医薬大学の教授として教鞭をとるまでに至る。漢方美容の世界でも「真珠美容」を学問の域までに深め、東方美学研究院院長に就任。中医学の社会的地位の向上に尽力。著書『世界一の養生ごはん』、『温まって、おいしいフォンダンウォーター』(小学館)、ぴあアプリ「目指せ!開運体質。ぴあ風水」で連載。

:2003 年にSARS が流行したことを学んで、「感染しない・させない」という意識が強い。明日は我が身だと思っている。行政の対応も明確で、身分証明書を持っている人にはいくらか国がくれたり、給料の半年間を政府が保証してくれる。また感染者がどこで何をしていたか全部発表し、市民も感染者が取った行動はとても気にする。ただ日本と大きく違うのは、かかったからその人が悪いというのはない。テレビでも20 分おきに手を洗おうというようなメッセージを政府が発信したり、街を歩いていても手を洗おうというポスターがいたるところに貼ってあったりと様々なところで目に入ってくるようになっている。

リー:シンガポールもSARS の経験を活かしており国民の意識も高い。町のいたるところにQRコードがあり、外に出たら必ずQRコードを撮る。まさにニューノーマルでシンガポールにとって当たり前になった。働く人はリモートワーク継続。

リー・ホイリョン Lee Hoi Leong
子供のための「クリエイティビティ・アクセラレーター」であるVIVITASingapore の共同創立者(Co-Founder)、および21 世紀の課題を解決するスタートアップの支援を行う「コレクティブ・インパクト・コミュニティー」であるMistletoeのメンバーで、ライフロング・ラーニングや教育・学びの在り方にチャレンジ。前職では、企業の成長や海外展開支援に関わり、シンガポール国際企業庁(現シンガポール企業庁)の東京支局長、および北アジア・大洋州の統括部長を担当。東京大学大学院学際情報学府卒。

コロナは外食産業で
すでに起きていた
様々な「無理」を止めてくれた

山田:スペインで働いていた頃、おいしい海老が獲れるとかうさぎが獲れるといった話を聞いてバルセロナまで足を運んでいた。今は世界中のあらゆる食材が割と簡単に手に入るようになった。おいしいトリュフがオーストラリアで獲れるとわかれば取り寄せる時代。でもそれはただおいしいというだけで不特定多数のお客様に出す料理のために、実は無理をしていたのではないかと。コロナはそういった「無理」を止めてくれたと思う。(新型コロナウィルスが)純粋に「レストランって何?」「食べるって何?」ということに立ち戻るべきだと教えてくれた。高知のかつおのたたきを食べたくなったら単純に高知まで足を運べばいいだけ。

無理をしないことがとても大切だということを教えられた。もちろんいろんなチャンスを取りに行った自分もいた。そこでビジネスをすることも大切だったが本質を考えないといけないと思った。

「無理をしない」。この意見に近い考えを示したのは予防医学、ウェルビーイングの第一人者である石川善樹氏だ。食とは違う観点から食の本質を見ている。

石川:ぼくは「まんが日本昔話」が好き。なぜならみんなおいしそうに食事を摂り楽しそうにしている。現代の食生活は、昔の人からすると村一番の大長者の食事でなんの文句をつける必要があるのか?と感じありがたいなあと思う。先輩方がこの豊かな日本や世界を作ってくれた。次に考えるべきは「豊かな食はどういうものを残せるのだろう」ということではないか?
「おいしい食事」はもうかなり限界まで来ている。おいしさとか健康はもはや「当たり前」で、それ以外にどんな選択肢を示し何を残せるのかを考えなければならない。

石川善樹
東京都出身の予防医学研究者、医学博士、予防医学研究者。広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。公益財団法人Well-being for Planet Earth 代表理事、( 株)Campus for H 共同創業者、 株式会社キャンサースキャンイノベーションディレクター。「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、概念進化論、マインドフルネスなど。近著は、フルライフ(NewsPicks Publishing)、考え続ける力(ちくま新書)など。

飲食店の意味、価値が変わる

重光:今は少し咳をしただけでも周囲から冷たい目線が注がれ、人々が戦々恐々としている。飲食店はただ「食を楽しむ場所」というだけではなく、お客様が安全に食べられる場所であったり、従業員が安心して働ける場所であったりと関わり方が変わりつつある。つまりお客様と店が【共存】する時代となった。みんなにとって心地よい場所として機能し、ここに集えば安心できるしお互いが思いやりを持って食を愉しんだり、いたわりあったりすることができる、いわばコミュニティとなっていく。

先日、熊本県産山村で本当に山の中でご夫婦お二人だけでやっているレストランにいった。「こんなところにレストランがあるの?」というような場所だがとてもすばらしかった。月曜日から金曜日まではそこで野菜をつくって、獲れた野菜で土日だけレストランを開く。ご近所の方が山で獲れた新鮮な鹿をジビエ料理にしたり、「ワインもつくりたい」ということでブドウ畑をつくるために毎日一生懸命植栽している。水もきれい、空気もいい。そして料理がおいしい。食の原点はここにあると感じた。

コロナによる休業中におこなったことで、飲食店という概念を超え、新たなチャレンジにシフトする経営者も。

森本麻紀
株式会社グラディア代表取締役、高知日本香港協会会長。2018 年、香港でビジネス展開する外国人に与えられるサクセスストーリーアワードで受賞。ハワイで飲食を期間限定出店、現在は香港で2店舗を展開。日本全国女性起業家大賞(2019 年)奨励賞受賞。

森本:高知では約2か月間営業を自粛していた。私の家は大家族で9 人いて、全員が極力外に出ないようにしていたが、自宅に庭があるので晴れた日はバーベキューなどをして、食べるぐらいしか楽しみがない日々を送っていた。そんな中、ドレッシングや焼き肉のたれを自分で作り始めるとこれがとても好評で、ご近所さんにお配りしたら「もっとつくって!」となった。そこで「加工食品」に目覚めた。これを機に「加工食品事業」に本気で取り組もうとしている。
 そして【キッチンカー】もつくっている。また行動規制があったときに、インターネットを使える人はいいが、高齢者や独居老人が本当に困っていると思う。飲食業として何ができるかを考えたら、自らがそういう人のところに行って、温かい料理やおいしいものをお届けするしかないと感じた。今まさに「フードトラック協会」を高知でつくろうとしている。いつもお店に来てくれて感謝していたので、本当に困っている人にはお互い様で「何かしてあげたい」と。食に携わる人ならそう思う人が多いと思う。どこにでもかけつけてあげたい。今までは外食として来店してもらいおいしいものをご提供することだけだったが、これからは人々の「食卓を彩る」分野にもチャレンジしたい。

自分で料理をすることが
多くなればなるほど
「外食の価値」が高まる
という事実

緊急事態宣言で外出が制限され、多くの方が自宅で食事する機会が増えた。一見、外食産業にとってはマイナス方向の動きのように感じられるが、実は外食に行く機会が減り、自分で料理をつくる人が増えたことで外食の価値が引きあがっていると石川善樹氏は言う。


石川:外食はざっくりと「外で作られた食」と捉え、レストランで食べるものもコンビニで買うものも外食という位置づけで、外食に対して「自分でつくる」ものを内食と捉えている。ウェルビーイングの観点、つまり健康という観点から「外食」と「内食」のバランスをどうとるかを考えている。コロナが登場するまで、イートイン、デリバリー、スーパーで買うも含め、いろんな意味で外食が増えれば増えるほど不健康という傾向が強かったと考えている。なのでできるだけ自分で料理しようということを推奨し、内食と外食の「いいバランス」を探しましょうということをずっと言ってきた。
 新型コロナウィルスの登場で「料理する人が増えた」と言われきたが、実際調べると「朝食」「夕食」に関しては料理する人はそれほど増えていなかった。朝食と夕食は外で買ってきたものを食べていた人、外食に頼っていた人はスーパーで買ってきただけ。これまで外で買ってきたものや外食だった人は「デリバリー」「スーパー」に頼る人が多かった。特に増えたのは「昼食」をつくる人である。そして昼食を自らつくる人は幸福度・健康度がすごく上がった。
 そしてこの傾向が外食の価値を引き上げていることに注目すべき。なぜなら、自ら調理をするようになると、この味を出すのにこんなに調味料を使うんだということを理解する。例えば病院の栄養教育も、これまでは栄養の知識を伝えていたが、最近は料理スキルを教えるようになっている。料理や買い物スキルを教えるとレストランの食のおいしさやすばらしさに気づきとても楽しくなる。遠回りのように思えるが、その方がいい循環が生まれると思う。

外食:プロがつくる、おいしさ重視、満足度アップ、食べたい人または自分ひとり 内食:自分がつくる、健康重視、幸福度アップ、近親者または自分ひとり

いちごが「あったかい」

山田:いろんな情報がまわっているので不自然ということに気づかなくなった。先日自分のこどもと一緒にいちご狩りにいった。すると子どもが「いちごがあったかい」と驚いていた。子どもにとっては冷蔵庫から出てきたいちごしかこれまで食べたことがなかったから。野菜とか果物が生き物ということがわからなくなっている。コロナはそういうことを大人である私たちにとっても再確認するいい機会になった。

そういうのを教えている学校がスペインにはあり僕も提案したいと思っている。日本でも風邪をひいた時に、自分をあったかくするためしょうがを食べるとかビタミンCを取るとか、それってなぜそうするのだろうとか、そうしなきゃいけないのだろうという問いに対して(飲食店が)教えられたらいい。


コロナの登場によって「食とは何か」「飲食店とは何か」という根源的な価値についてゆっくりと考える機会になったということがパネリスト全員に共通する回答だった。そしてただおいしいものを食べに行く場所としての飲食店という位置づけではなく、客と店の共存関係がどのように成立し、お互いにとってどのようにつながるべきなのか、提供する側と受託する側双方に「問い」を投げかけたのがコロナということになる。一過性の災難としてこの事象を捉えず、ニューノーマル形成に向けたターニングポイントとして見ると、単なる外食産業に打撃を与えるウィルスではなく新しい価値観へのシフトの萌え芽となることがわかってきた。
 次回は外食産業がどのような新しい価値を提供することがニューノーマルなのか、その真相に迫る。


構成・編集:中田晃博 デザイン:中西信児・土岐英寿